吉森研究室
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当研究室の橘田真理さんの論文がThe EMBO Journalに掲載されました

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ひと夏の経験

ひと夏の経験

2003年6月22日から27日に渡って開催されたGordon Research Conference: Autophagy in Stress, Development and Disease※2に参加した。実は、その前の週には小椋先生が報告されているAAAたんぱく質会議に呼ばれていたので、2週間以上米国(の田舎)を渡り歩くドサ回りないし阪神死のロード状態であった。オートファジーをテーマとしたゴードン会議は今回が第1回であり、成功するのかどうか少々心配であったが、結論から言うと充実した有意義な会議であった。 オートファジー(自食作用)をご存じない方もいらっしゃる※3と思うので簡単に説明すると、細胞質やオルガネラの一部をリソソームに運んで分解するメンブレントラフィック経路であり、細胞成分の分解系としては最大規模、細胞成分の代謝回転を始め様々な役割を持つと考えられている。たんぱく質の一生においては墓場(焼き場?)であり、分解産物のアミノ酸は再利用されるから復活の場でもある。飢餓時に著しく亢進する。これは細胞が生き残りをはかって自分の一部を消化し栄養源にするためである※4 。発生・分化、抗原提示等の高次生体機能や種々の疾患との関係が示唆されているものの、分子基盤の解明が遅れていたためはっきりしたことは判っていない。永らく※5停滞していたオートファジーを巡る状況はこの10年もしない間に一変した。大隅良典教授(基生研)らによる酵母のオートファジー不能変異株群の同定がブレイクスルーとなり、急激に研究が進んだのである。特に最近は加速度がついており、ビッグバンの如き有様※6であることをゴードンで痛感することになった。ゴードンのルールとして内容の詳細は紹介できないが、膜動態の分子メカニズムの解明が進む一方で生命活動の様々な局面にオートファジーが関与しているさまが徐々に浮き彫りになってきている。特に印象に残ったのは、研究対象が広がり線虫、ハエ、粘菌、シロイヌナズナなど各種モデル生物を用いた研究が始まっていること、疾患、とりわけウイルスや病原性細菌の感染、との関連が多数報告されたこと、である。 この会議には15ヶ国から109人の研究者が集まった。5年前には掻き集めてもこんな人口は無かった、と思う。他の分野の研究者が、自分のテーマを追っているうちにオートファジーにぶち当たったというケースが多いのだろうと推測されるが(もしくは、この分野は未熟だから、今からでも一発当てられる等)、今後ますます参入は増え、特にオートファジーが生体内で果たす役割の追求が進むものと思われる。プロテアソームの華麗な世界ほどではなくとも、オートファジーも非常に多彩な生理的病理的意義を持つ可能性が充分ある。急速な成長期にある分野の常として眉唾・強引・乱暴な研究も混ざり込むので警戒は必要だが、こういう騒然とした雰囲気を味わうのも学問の楽しみのひとつであろう。無論まだまだ問題山積で、オートファジーを担う極めてユニークな膜構造オートファゴソームの起源や形態形成の機序※7、オートファジーの選択性※8や制御(信号伝達)、オートファゴソーム形成に必要なたんぱく質群の具体的な機能といった基本的な部分は是が非でも解明されないといけないし、あれもオートファジー、これもオートファジーとはしゃいでいたのによくよく調べたら関係なかったという事態もひとつやふたつではなく出来てきそうである。ともかく、この領域に携わる(細々とではあるが)研究者のひとりとして、この奔流からはじき出されないよう頑張らねばと決意を新たにさせられた※9会議であった。 最後に記しておきたいのは、ある欧米人参加者が私に言った言葉~「この分野の中心は日本※10」である。客観的に見ても確かに大隅先生を始めとした本邦の諸先生方の活躍は目覚ましく、世界において日本が一目置かれるような分野は非常に多いと言うわけではないので、私は特にナショナリスト ※11 ではないが、やはり喜ばしいと思うのである。今後も、我が国がリーダーシップを取ってこの分野が大きく展開していくことを願ってやまない。

付記:旅のトラブル

 この会議では娯楽も色々あり、酵母対哺乳類サッカー大会(もちろんそれらの研究者達による)や芝生の上でロブスター※12を食べる夕食、そして近くの大きな川での舟遊びなどが催された。私は、未曾有の災厄が降りかかることになるとは露知らず、この最後のイヴェントに参加したのであった(by横溝正史?)。バスで川に着くと日本ならそこで入念なレクチャー※13があるだろうにいきなり2人乗りカヌーに乗せられ、さあ行けと言われ全くの初心者なのにばかでかい河※14を延々と数時間漕ぐ羽目に。そしてお約束のように転覆。水面に少し頭を出した岩が極めてゆーっくり近づいてきたが、哀しいかな下手くそには避けきれない(こんな不器用な奴に付き合わされた精神神経センターの西野先生、ごめんなさい)。一応救命胴衣を着けているから(暑くて脱ぎかけていたのだが、脱がなくて良かった)大したことにはならないとはいえ、暫く水中に没し、ここで死んだら格好悪いが明日は講演をしなくて済む(そう、自分の講演前日に川遊びをしていたのだ)とか意味不明のことを考えていた。特に走馬燈のように人生の各シーンが浮かぶことは無かった。悪戦苦闘してカヌーから水を出しゴールまで辿り着くことはできたが、服はびしょ濡れで誠に惨めなありさまに(参加したアメリカ人達は水着姿だが、事前に何も説明されていない私達は普通の服装だった)。次の日の講演の冒頭挨拶では、恒例の、招待に対する礼に代えて河で助けてくれたフランス人ポスドクにあなたがいなかったらこのセッションは無かった(西野先生も同じセッションの演者)と謝辞を述べ、かけがえのない経験をさせてくれたオーガナイザーに感謝する、と挨拶し大変受けた。皆さん、海外の学会に行くのは着衣で泳ぐ訓練を入念にしてからにしましょう。

続・旅のトラブル ~師走編~

 講演直前に、自分のパワーブックのプロジェクタ接続用アダプター(こんなものが要ること自体腹立たしいぞ、アップル社)を無くしたことに気が付いた。会場で苦境を訴えたところO教授が御自分のものを宿舎まで取りに行って下さった。建物が別で往復30分程かかる。暑いなか取ってきて下さったのに、パソコンのバージョンが違うのでピンが合わない(何やってんだ、アップル社)。すると別のS教授が同じバージョンを持っていると名乗りをあげて下さった。しかし、もう私の出番が迫っており、S先生は文字通りダッシュ。お陰で間に合ったが、先生は肩で息をされていた※15。それぞれ日米の斯界の重鎮、しかも50を十分越えられている大先生2人を走らせるとは...私も偉くなったものだ(?)。これは私のトラブルと言うより、先生方の災難の話でした。皆さん、学会に行ったら、そそっかしい奴に近寄らないようにしましょう。

※1

山口百恵は我々の世代の精神構造の形成に大きな影響を及ぼした(当時中学生で、要するに何となくドキドキしていただけだが、助成金申請書的表現で言ってみた。今どきと違い、何というかのどかな時代だった)。最近カラオケで「ひと夏の経験」を歌ったら、某教授が「お前は娘がいないから、そんな歌唄えるんだ!」と突然怒り出した。心配なんですね。

※2

Maine州Waterville という絵に描いたような田舎にあるColby Collegeで開催された。クーラーも室内灯も、もちろんシャワーもない(扇風機と卓上スタンドをオフィスで借り、シャワーは共通のトイレにあるものを使う)寮の部屋に泊まる合宿さながらの日々だった(私は初めてで驚いたが、ゴードンはどれもこんな感じだそうで慣れた人はパンツ一丁でシャワーと部屋を行き来している)。コルビー自体は、これまた絵に描いたように美しいこれぞカレッジというところで、メイン州では名門らしい。父兄同伴の高校生がたくさん見学に来ていて面白かった。可愛いリスがそこかしこにいたが、彼の地では珍しくないので誰も見向きもしない。触ったら病気が移る、と注意された。

※3

Maine州Waterville という絵に描いたような田舎にあるColby Collegeで開催された。クーラーも室内灯も、もちろんシャワーもない(扇風機と卓上スタンドをオフィスで借り、シャワーは共通のトイレにあるものを使う)寮の部屋に泊まる合宿さながらの日々だった(私は初めてで驚いたが、ゴードンはどれもこんな感じだそうで慣れた人はパンツ一丁でシャワーと部屋を行き来している)。コルビー自体は、これまた絵に描いたように美しいこれぞカレッジというところで、メイン州では名門らしい。父兄同伴の高校生がたくさん見学に来ていて面白かった。可愛いリスがそこかしこにいたが、彼の地では珍しくないので誰も見向きもしない。触ったら病気が移る、と注意された。

※4

飢えると自分を食べると聞くと蛸を思い出す人もいるであろう(若い人は知らないか)。萩原朔太郎に、散文詩「死なない蛸」がある。朔太郎の蛸は、細胞と違っておのれを全て食い尽くし水槽には「或る物すごい欠乏と不満をもった、人の目に見えない動物」だけが残る。

※5

1960年代初頭には電子顕微鏡によるオートファジーの観察が行われていたので、約30年の眠り。ウイスキーや泡盛なら垂涎の的である。

※6

斜面を転がる雪だるまとも言える。途中で樹にぶつかり木っ端微塵にならなければよいが...

※7

オートファジーでは、隔離膜と呼ばれる扁平な膜構造が細胞質に現れ、それが成長しつつ湾曲し、付近の細胞質やオルガネラを囲い込み最後に閉じて直径約1μmの2重の膜構造オートファゴソームが完成する。オートファゴソームとリソソームが融合し、内容が消化されるとその膜構造も消えていくのでオートファゴソームは特異な一過性(半減期約10分)のオルガネラであるといえる。さらに詳しくは、拙文「細胞が自分を食べる 細胞質からリソソームへの輸送システム・オートファジー」(蛋白質核酸酵素、46、2117-2126、2001)をお読み下さい。

※8

ユビキチン・プロテアソーム系と異なりオートファジーには何を壊すかという基質選択性は原則的に無いと考えられているが、選んでいるとしか思えない場合も段々知られるようになってきた。

※9

正月のダイエット宣言?

※10

込められた意味の内訳の推定:70%=「大したもんだ!」、10%=「くそ!何てこった」、10%=「天狗になるなよ」、10%=「こいつ単純そうだからここでお世辞を言っておけば、日本に招待してくれるかも」

※11

昔誰かが指摘した通り、だいたい皆海外に出るとにわかにプチ愛国者になる。日本が褒められると鼻の穴が膨らんでしまう。

※12

メイン州の名物。ひとりに一匹ずつ、でっかいのが振る舞われた。私は、旅先しょうもないもん買いA級ライセンス(?)を保持しているので、ロブスターエキス入りヌガー(今でもラボの食堂の机上に。食べ盛りの連中にも敬遠され残っている。はっきり言ってまずい)とロブスターのぬいぐるみ(貰う人は災難)を買ってしまった。

※13

財布は預かるよ、といったレクチャーはあったが、何と預けた財布から紙幣が抜き取られる不愉快きわまりない事件が発生。日本人を含め数名が被害に遭った。ほんといい加減なツアーであった。すごいのはツアー業者が絶対謝らないことで、今までこんな事件無かったと逆ギレしていた。

※14

Kennebec river。でかいとは言え大変穏やかな流れで、ガキも遊んでいる。 ここで転覆とはかなりのトホホ。右の写真が最後の画像。背中が写っているのが私とペアを組むという貧乏くじを引いた西野先生。ちなみにデジカメは死んでしまったが、メモリスティックは大丈夫だったのでこうして遺影が残った(死んでないって)。

※15

実は河で助けてくれた恩人はこのS教授のラボのポスドクであった。私はS研究室(カリフォルニア方向)に足を向けて寝られない。

© 2018 T.YOSHIMORI LAB.

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