吉森研究室
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塩田さんが第46回日本基礎老化学会大会の学生優秀発表賞を受賞

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メンブレントラフィックとは

1細胞内膜系

当研究室のテーマは、メンブレントラフィックの分子メカニズムと生体における役割の解明です。真核細胞内部では種々の膜オルガネラ間を分子が往来し、物流のネットワークが形作られています。分子のやり取りは、たんぱく質に制御されたダイナミックな膜の動き~分離・移動・伸長・融合等~を介したメンブレントラフィックと呼ばれる輸送機構によって行われます。このシステムは高等生物において特に発達し、多細胞社会の運営に欠かせない細胞極性形成や細胞間情報伝達などの機能を担っており、その破綻は様々な疾患の原因となります。2013年のノーベル医学・生理学賞がメンブレントラフィック研究のパイオニア達に与えられるなど、メンブレントラフィックの重要性は今や広く認知されています。

 

当研究室は、当時我が国ではまだ少なかった本格的なメンブレントラフィック研究の拠点作りを目指し、2002年春発足しました。別項で述べるようにメンブレントラフィックには幾つかの経路が存在します。当研究室では、当初エンドサイトーシス経路とオートファジー経路を研究対象としていましたが、現在は後者を集中的に研究しています。オートファジーは、1950年代には電子顕微鏡観察が行われており50年以上に亘る研究史があります(オートファジーという用語が初めて公式の場で使われたのが1963年)。しかしながら永らくその分子基盤の解明が進まず、メンブレントラフィックの「最後の秘境」となっていました。その状況を打破したのが、1993年の大隅良典博士(現東京工業大学特任教授)らによる酵母オートオファジーに必須の遺伝子群ATGの同定でした。当研究室の吉森は、1996年基礎生物学研究所に大隅研が発足したときに助教授として参加し、哺乳類オートファジーの研究を開始しました。その後、オートファジー分野は爆発的に発展し、現在も研究者と論文数の増加は続いています。その中で日本は優れた成果を多数発信し、世界をリードする立場にあります。当研究室もイメージングなどの様々な最先端技術を駆使し、その一翼を担ってきました。2014年にトムソンライター社が発表したHighly Cited Reseachers(被引用数が分野の上位1%に入る論文を過去約10年間に多数出している研究者 http://highlycited.com/index.htm)は、Biology & Biochemistry分野で195名でしたが、日本人は6名でそのうち3名が吉森を含むオートファジー研究者でした。

 

当研究室は、オートファジーというメンブレントラフィック経路の研究を通して、ポストゲノム時代の重要課題である”細胞機能の理解”とさらには臨床医学に資する知的財産の創出を図ります。特に医学部に所属するメリットを活かし、臨床の各教室と連携しオートファジーが関わる疾患の予防・治療に向けたオリジナルな研究を展開しています。

図1:メンブレントラフィックの「ロードマップ」
メンブレントラフィックによる輸送網の主要路線は、「分泌経路」「生合成経路」「エンドサイトーシス経路」「オートファジー経路」の4つです。
この交換はランダムなものではなく、運ばれる対象(積み荷分子=cargo)及び行き先が厳密にコントロールされており、メンブレントラフィックと呼ばれる輸送システムが遂行します。メンブレントラフィックがオルガネラ群を結んで造るネットワークすなわち細胞内膜系は、細胞膜との接続により外界と接する細胞の有効表面積を増大させると同時に、外部環境との大規模かつ多面的な相互作用を行うための装置として機能しています。その働きは特に多細胞生物における細胞間の情報や物質のやりとりに極めて重要です。これらのオルガネラでは細胞質と勝手には(自由拡散では)分子が往来しないこと、内腔は細胞の外部環境と空間としては等価であること、しかし常に連続しているわけではないことに留意する必要があります。

注1:以前は中心体などの膜以外の構造もオルガネラと呼んでいましたが、現在はオルガネラと膜区画はほぼ同義に用いられています。ただしオルガネラには、単なる区画では無く固有の機能を持つ構造体というニュアンスがあります。

2膜融合型輸送

メンブレントラフィック(membrane traffic)とは、膜の分裂や融合により、細胞膜とオルガネラの間、あるいはオルガネラ同士の間で分子が移動する過程を指します。小胞輸送(図2)がよく知られていますが、メンブレントラフィックにはオルガネラ間の直接融合を含む多様な方式が存在します。いずれの方式も膜融合を伴うので、メンブレントラフィックを膜融合型輸送と呼んでも良いでしょう。しばしばメンブレントラフィックの同義語として用いられる膜輸送という言葉は、膜を透過して物質が移動するmembrane transportの訳語でもあるので、混同を避けるため我々は使用しません(注2)。メンブレントラフィックは複雑な過程ですが、膜透過の場合と異なり輸送される分子のコンフォメーション変化を必要としない、膜の成分である膜タンパク質や脂質も輸送できる、一度に他種類の分子を大量に運べる等数々の利点を持ちます。
メンブレントラフィックの役割は、必要に応じてタンパク質や脂質を所定の場所に送り届けることです。それを通して、小胞体で新たに合成されたタンパク質のその機能の場(他のオルガネラや細胞膜)への輸送、細胞膜や各オルガネラの膜の恒常性維持、多くの細胞が持つ極性の形成、情報伝達物質の放出や取り込み、栄養摂取、抗体分泌など多岐に渡る細胞外環境との相互作用等様々な機能を担っています(表1)。メンブレントラフィックによる外部との相互作用や細胞極性形成は、とりわけ個体における多細胞社会の成立に不可欠です。これらの機能を果たすために特定の分子を選び(あるいは排除し)特定の場所に運ぶメカニズムが存在します。分子選別は各オルガネラが輸送によって均質化してしまうことを回避するためにも必要です。
メンブレントラフィックによる輸送の流れは、小胞体からゴルジ体を経て細胞膜に至る分泌経路、ゴルジ体からエンドソームへ向かう生合成経路、細胞膜からエンドソームを経てリソソーム乃至細胞膜に至るエンドサイトーシス経路、細胞質からオートファゴソームを経てリソソームに至るオートファジー経路に大別されます(図1)。

図2:メンブレントラフィックの基本形:小胞輸送
送り手のオルガネラの膜の一部が瘤状に突出し(budding)、根本で括り取られて(Pinching off)輸送小胞(transport vesicle)となります。その際、輸送小胞に入る内腔成分と膜成分の選別が行われます。輸送小胞は特定の受け手オルガネラを選び(targeting)結合します(tethering)。最後に膜融合(fusion)が起こり、内腔成分と膜成分の輸送が完了します。
メンブレントラフィック(membrane traffic)とは、膜の分裂や融合により、細胞膜とオルガネラの間、あるいはオルガネラ同士の間で分子が移動する過程を指します。小胞輸送(図2)がよく知られていますが、メンブレントラフィックにはオルガネラ間の直接融合を含む多様な方式が存在します。いずれの方式も膜融合を伴うので、メンブレントラフィックを膜融合型輸送と呼んでも良いでしょう。しばしばメンブレントラフィックの同義語として用いられる膜輸送という言葉は、膜を透過して物質が移動するmembrane transportの訳語でもあるので、混同を避けるため我々は使用しません(注2)。メンブレントラフィックは複雑な過程ですが、膜透過の場合と異なり輸送される分子のコンフォメーション変化を必要としない、膜の成分である膜タンパク質や脂質も輸送できる、一度に他種類の分子を大量に運べる等数々の利点を持ちます。
メンブレントラフィックの役割は、必要に応じてタンパク質や脂質を所定の場所に送り届けることです。それを通して、小胞体で新たに合成されたタンパク質のその機能の場(他のオルガネラや細胞膜)への輸送、細胞膜や各オルガネラの膜の恒常性維持、多くの細胞が持つ極性の形成、情報伝達物質の放出や取り込み、栄養摂取、抗体分泌など多岐に渡る細胞外環境との相互作用等様々な機能を担っています(表1)。メンブレントラフィックによる外部との相互作用や細胞極性形成は、とりわけ個体における多細胞社会の成立に不可欠です。これらの機能を果たすために特定の分子を選び(あるいは排除し)特定の場所に運ぶメカニズムが存在します。分子選別は各オルガネラが輸送によって均質化してしまうことを回避するためにも必要です。
メンブレントラフィックによる輸送の流れは、小胞体からゴルジ体を経て細胞膜に至る分泌経路、ゴルジ体からエンドソームへ向かう生合成経路、細胞膜からエンドソームを経てリソソーム乃至細胞膜に至るエンドサイトーシス経路、細胞質からオートファゴソームを経てリソソームに至るオートファジー経路に大別されます(図1)。

注2:研究所一般公開の際の当研究室のポスターを見た
ご婦人(国語の先生?)から、カタカナが多すぎる
と非難されました。
我々もできれば日本語を使用したいのですが、メンブレントラフィックについては今のところ良い訳語がありません。膜融合型輸送はどうでしょうか。

3選別と標的化

上述のように、特定の分子が特定の場所に効率よく運ばれて初めて細胞内膜系はその機能を発揮しうるし、ランダムな輸送によるオルガネラ固有の組成喪失を避ける必要もあり、積み荷分子の選別/仕分け(sorting)と目的地の標的化(targeting)がメンブレントラフィックでは重要な要素となります(表2)。選別は、運ぶ物の選択乃至運ばない物の排除という形を取ります。あるいは、残るべきものが運ばれてしまった場合に、元の場所に戻す(retrieve)という処置が執られることもあります。選別は物理化学的には、タンパク質同志もしくはタンパク質と脂質間の特異的な相互作用によって成立します。小胞輸送では、積み荷分子に付けられたタグを、オルガネラ膜に待機している特異的分子が識別し、それに連動した細胞質側の小胞形成装置によって特定の積み荷分子を含む輸送小胞が出芽します。タグの実体は、特定のアミノ酸配列であったり、糖鎖であったり様々です。形成された輸送小胞は、特定の受入膜を識別し特異的に融合します(図2)。相手膜の認識も、鍵と鍵穴のような関係の分子間相互作用に基づきます。哺乳類細胞のような大型の細胞では、細胞骨格系(微小管およびアクチンファイバ)をレールとしてモーターたんぱく質の働きによって輸送小胞を受け手オルガネラまで効率よく運搬する仕組みも存在します。
すでに述べたように、メンブレントラフィック=小胞輸送ではありません。例えばエンドソーム系やオートファジーでは別の輸送形式が使われています(詳しくは、各輸送経路の章で述べます)。しかし、それらのシステムにおいても分子間相互作用による選別と標的化は同じく基本原理となっています。一見安定した存在であるかのようなオルガネラですが、それは絶え間なく起こっているメンブレントラフィックのただなかで選別輸送の結果成立している動的平衡状態とみなされます。
文責:吉森
吉森保

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